【第29弾】白艶華工場?この工場、なにを作っているの?~下仁田町青倉地区でジオパークを満喫~

かぶら・ぶらぶら街道周辺の特産品や話題等を「地域レポート」として不定期に紹介しています。

 下仁田町は、世界的レベルの地質学的な資源がたくさんあり、地質の宝庫といわれ、日本でも5指に入るほど貴重な場所と言われています。
 なかでも青倉地区には、「下仁田ジオパーク」の拠点施設である「下仁田町自然史館」や、館から歩いて5分のところに、代表的なジオサイト「跡倉クリッペ(根なし山)のすべり面」があります。そして、青倉地区で忘れてはならないのが「石灰岩」です。徳川家康が江戸城を築いたとき、青倉の「石灰(いしばい)(石灰岩を焼いて作られる)」を用いたとも言われています。

(取材日:平成30年8月27日)

白石工業(株)白艶華工場

地域レポート

青倉地区に入り、下仁田町自然史館を通り過ぎ先へ進むと、緑の山懐にいだかれた工場が見えてきます。
工場の名称は「白艶華工場(はくえんかこうじょう)」。一体、なにを作っている工場なのでしょうか。

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答えは、石灰岩から「炭酸カルシウム」を製造している工場です。
「炭酸カルシウム」はシーラント、ゴム、プラスチック、インキ及び塗料用途として幅広く使用されていますが、「白艶華(はくえんか)」とは、この工場を昭和7年から操業している白石工業(しらいしこうぎょう)株式会社(本社:大阪市)が、昭和2年に製造特許を取得した「炭酸カルシウム」の製品名です。
ちなみに、「酸化亜鉛」のことを「亜鉛華(あえんか)」と呼ぶそうですが、「白艶華」という名称は、「亜鉛華」に対抗する製品ということで命名されたそうです。
当時の創業者が全国の石灰山を訪ね、ようやく探し当てたのが、下仁田町青倉だったそうです。青倉が選ばれた理由は、良質な石灰岩、製品の乾燥に適した気候、輸送の便の良さなどでした。

乾燥小屋

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工場に沿って走る県道172号を回り込むと、以前、製品の最終工程である乾燥工程で使われていたという「乾燥小屋」が左手上に見えます。
この小屋では、天日乾燥が行われていたそうですが、今は、燃料乾燥に変わっており、この乾燥小屋は使われていないようです。

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目線を「乾燥小屋」から前方に移すと、石灰岩と思われる垂直に切り立った異様な岩山が迫ってきます。
黄色みがかった乳白色に黒い縦線が入った、他では滅多に見られない色合いの岩山が灰白色の工場建物群と相まって異空間を作り出しています。 

跡倉クリッペのすべり面

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白艶華工場」から下仁田の町中方向に引き返し、跡倉クリッペの案内看板のところを下りるとすぐ、青倉川の右岸に「すべり面」がありました。

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これが「すべり面」です。根なし山と基盤の境だそうです。
崖に斜めに入った線より下側が基盤で、線より上が動いてきた地層とのことです。

下仁田町自然史館

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「下仁田町自然史館」は「跡倉クリッペのすべり面」のすぐ近く(道路を挟んだ反対側)にあります。
廃校になった小学校が利用されており、ビデオ放映や丁寧で分かりやすい展示で、「ジオパーク」のことが大変よく理解でき、下仁田町の魅力が倍増します。
皆さんも、是非、「地球の鼓動」とともに、今も操業を続ける迫力ある「石灰産業」を御覧に、青倉地区に足を運んでみませんか。

【参考】下仁田ジオパーク公式サイト(リンク)